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2007.06.03 Sunday
AA0502 太平洋戦争 第二版
家永三郎 岩波書店(日本歴史叢書) 四六版 90年7月25日7刷。良。カバー。カバーと腹にごく小さなキズ。内部は美品。 ともしび洞販売価格 1,000円 教科書裁判の原告としても知られる家永三郎氏 (以下、人名については失礼ながら敬称略とさせて頂く) の労作。初版あとがきに 「戦争の惨禍を身にしみて体験してきた歴史家の一人として、この戦争に改めて科学的な光をあてて見直してみたいという執念が、このような不得意の主題について書いてみようと決心した根本の動機であったことを告白する」 と著者自身が書いているのだが、まさに 「執念の書」 と言えるのではないか。 ほとんど全ての命題に出典が注記され、巻末に掲げられた注は100頁近くにも及ぶ ( 「参考文献解説」 も併せると100頁を超える)。初版あとがきに 「生理的に大きな制約をもつ私は」 とあるから、健康面に何か不安を抱えておられたのかも知れないのだが(Wikipedia には、家永は 「青年期には陸軍士官学校教官を志望し受験するも、胃腸に慢性的な持病があったため身体検査で落とされるという経歴を持って」 とある)、それを押してこれほどまでに膨大な量の史料を渉猟し且つそれらに目を通されたのかと思うと、冒頭に書いた 「執念」 の文字が脳裏をよぎる。 出典の中には、今日では内容の信憑性に疑問が持たれている吉田清治著 「私の戦争犯罪 − 朝鮮人強制連行」 が引用されていたりもするのだが、それでも本書自体の価値が減ずるものではないと思う。吉田が前掲書の中に創作を交えた旨を認めたのは1996年のことのようであるが (Wikipedia による)、本書初版は1968年、第2版は1986年の発行であるから、家永が同書を引用してしまったことを責めることは出来ない。 一部には家永の思想的変節を指摘する声もあるようだし、本書の姉妹編とも言える 「戦争責任」 でも、様々な層に対する戦争責任を論じているのに著者自身の戦争責任をどう考えるのかについて一言も触れていないことは、確かに奇異な感じを受けないでもない ( 「科学的な光」 という観点から、私的な要素を敢えて排除したということも考えられなくはないが、そうであったのだとすれば、一言その旨を添えても良かったのではないかと思う)。仮に家永が変節したのだとしても、そしてその動機が巷間言われているように世俗的なものであったにしても、少なくとも本書が、「太平洋戦争」 で何が起き、何が行われたのかについての一面を描き出していることは間違いないだろう。 ご注文はこちらから 古本のともしび洞トップ・ページはこちらから 本のご注文を頂く際には、あらかじめホーム・ページの「注文方法」のページと「法律に基づく表示」のページをよくお読み頂くようにお願い致します。 |
